ある90歳の女性の話です。
歩くたびに、股関節が痛む。そんな症状が現れたのは、90歳になったころのことでした。本人も、家族も、最初はこう考えていたそうです。「もう90歳だし、手術の負担も大きい。回復だって大変だろう。このままで良いよ」と。
年齢という数字が、選択肢を狭めていたのです。
ところが、担当のお医者様との話し合いの中で、状況は変わりました。医師は手術を提案しました。その根拠は、医療の進化です。小さな穴から対処できる低侵襲手術により、患者への負担を大幅に減らすことができる。回復も早くなる。そして、何より痛みをなくすことができる、という説明でした。
さらに医師はこう伝えたそうです。「痛みなく歩けることが、これからの人生の表情を変えます」と。
その言葉が、女性と家族の背中を押しました。
手術は成功し、女性は痛みのない生活を取り戻しました。結果、笑顔が増えたといいます。単純に「楽になった」というだけではありません。歩けることで外に出られる。外に出ることで人と会える。人と会うことで表情が生まれる。その連鎖が、90歳からの日々を豊かにしたのです。
ここで思い出してほしいのが、第27話でお伝えした内容です。
▶ 第27話のおさらい「股関節と足首は、よく動く関節」
膝が「安定させたい関節」であるのに対して、股関節と足首は「動かす関節」です。股関節は、脚を前に運ぶ最初のスイッチ。ここがしっかり動くと、歩幅は無理なく伸びます。足首は地面との接点を細かく調整し、衝撃を逃がしながら次の一歩への切り返しをスムーズにしてくれます。
つまり、股関節が正しく動くことは、歩くという行為の土台そのものなのです。
体幹が支え、股関節が動きを生み出し、膝が安定し、足首が地面を捉える。この連動が「体全体で歩く」という感覚につながります。一部だけで頑張らない。役割を分けて、チームで歩くイメージです。
この第27話の内容を踏まえて、今回の90歳の女性の話に戻ると、股関節の痛みがいかに「歩く」という行為の根幹を奪っていたかが、よくわかります。
股関節が痛ければ、動きの起点が失われます。するとどこかで補おうとする。膝に負担がかかる。足首の動きが鈍くなる。体幹が乱れる。連動が崩れ、歩くこと全体が苦しくなる。それが積み重なることで、外出が減り、表情が曇り、生活の質が落ちていく。
逆に言えば、股関節の痛みを取り除くことは、歩くという連動を取り戻すことであり、生活全体の流れを取り戻すことでもあるのです。
医療の進化は、「年齢を言い訳にしなくて良い時代」を作りつつあります。90歳でも、正しい判断と適切な処置で、人生の表情は変えられる。そのことを、この女性の話は教えてくれています。
年齢でもう遅い、このままで良い、と思う前に、一度専門家に相談してみてほしいのです。医療の最前線を知っている人に聞くことで、自分だけでは見えなかった選択肢が現れることがあります。
歩くことは、当たり前の行動です。しかしその「当たり前」が失われたとき、どれだけ大切なものだったかに気づく。だからこそ、日々の歩きに少しの意識を持ち続けることが、将来の引き出しになります。
痛みが出たとき、動きが鈍くなったとき。そのときに「あの話を聞いていた」という記憶が、最善の判断へと背中を押してくれるはずです。
次は第12章 奄美よーりよーり編 第82話「戦う精神を呼び戻す」です。

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